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禁足地 千葉県『八幡の藪知らず(不知八幡森)』

公開日: : 禁足地

一度入ったら二度と出られない、必ず祟られる 『八幡の藪知らず(不知八幡森)』

八幡の藪知らず(不知八幡森)は千葉県市川市の国道14号線(千葉街道)沿いにある広さ約300坪の竹藪である。

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街道に面して小さな社殿が設けられており、その横には「八幡不知森(やわたしらずのもり)」と記された安政4年(1857年)伊勢屋宇兵衛建立の石碑がある。この社殿は凹状となった藪囲いの外側にあり、社殿の敷地に立ち入って参拝をすることができる。

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入っていけない理由については諸説があり、

・葛飾八幡宮を最初に勧請した神聖な旧地だから入ってはいけない。

・日本武尊が陣所とした跡だから入ってはいけない。

・貴人の古墳の跡だから入ってはいけない。

・平将門平定のおり、平貞盛が八門壕甲の陣を敷き、平定後もここにだけ将門軍の死門(あの世への関門)の一角を残したので、この地に入ると必ず多少りががある。

・平将門が朝廷軍と戦ったとき、将門軍の鬼門に当たった場所が不知森だった。

・平将門の家臣六人が、この地で泥人形になった。

と、様々な説がある。

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水戸黄門が迷って出てこられなかった説

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万治年間(1658〜1661年ごろ)に水戸黄門が興味本位でひとり藪に入ったという。昔話によれば、白髪の老人の姿をした神が現れ、禁足地とした理由は平将門と関係があると語りその怒りに触れた。しかし身分の高い人物ということで黄門様は無事に戻ることができたという。この話が後に錦絵によって広まった。

場所

八幡の藪知らずは本八幡駅から徒歩5分程度離れた千葉街道(国道14号線)沿い、市川市役所の斜め向い側にあり、現在は付近の人通りも多い。近くには八幡の地名の由来となった八幡神社(葛飾八幡宮)もある。藪の広さは奥行き・幅ともに18メートルほどで、決して方向感覚を失って迷うほどの広さとは言えない。なお、近年の道路拡張で一部が削り取られている。

八幡の藪知らず事件

2013年の7月11日、当時高校三年生の中川沙弥香さんが帰宅途中に行方不明になり、77日後、自宅近くの 『八幡の藪知らず』で発見された事件。真相は明らかになっていない。

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